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現在の英語辞典で「Stew」を調べると料理のシチューが記述されている。しかし本来の「Stew」は「閉め切った暑いところで汗をかく」、「熱い蒸し風呂(サウナ風呂)」という意味で、15世紀以降、広く煮込み料理を指す言葉として用いられるようになった。
煮込み料理の歴史は紀元前500年頃のケルト人(古代ヨーロッパで活躍した印欧語族)までさかのぼる。当時ケルト人の家には、枠で囲った炉が中央にあり、屋根の垂木から下げた鎖に大きな金属製の鍋を吊るして火にかけ、スープやシチューの「ようなもの」を作っていたという。その後、加熱調理用の土器が一般
化するにともなって、煮込み料理のジャンルは一気に増える。野菜や肉を煮込んだものにセモリナ(硬い小麦の粗挽き粉)をいれたクスクス、さやに入った豆類(ソラマメ、インゲン、エンドウ、レンズマメ等々)と肉を煮込んだものがフランスのカスレ風シチューや北アフリカのルービア風シチューとして生まれるなど、この頃から「シチュー」は世界料理として歩み始めるのである。
一方、肉を食べる習慣がなかった日本のシチュー文化は、明治の文明開化と関係が深い。食肉の解禁によって和洋を折衷した味つけの牛鍋や煮込み肉料理がまず庶民の間に浸透し始めた。当時の出版物である明治29年の「東京繁昌記」には「ステュー、シチ−」、明治38年の「吾輩は猫である」には「シチュー」と正確な記述があるように、徐々にシチューはひとつの料理として、また日本語として定着していくのである。
昭和に入るとシチューは家庭料理の主菜にも多く見られるようになる。また当時の料理雑誌に「シチュー煮」や「シチュー焼き」などの料理が登場している。シチュー煮は肉や人参、玉
ねぎなどの材料を小さく切って煮込んで小丼に使われ、シチュー焼きは同じような材料に小麦粉を少量
加えて焼いた料理として紹介されている。このようにアレンジ料理として取りあげられることからも、シチューが当時の流行料理になっていたことがうかがえる。
モロッコのクスクス、ロシアのボルシチ、フランスのポトフ…。紀元前のケルト人が生んだ偉大な「シチュー」は、世界中のいたるところで何度も変化を繰り返しながら、脈々と生き続けている。歴史に夢を馳せながら世界のシチュー料理を味わうのも楽しいだろう。
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○「世界食物百科」 マグロンヌ・トゥーサン=サマ 玉村豊男=監訳
○「食の文化史」 ジャックバロー著
○「全集 日本の食文化 第8巻 異文化との接触と受容」 芳賀登・石川寛子 監修
○「日本食物文化の起源」 安達厳著 |
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